昭和40年04月16日 春季大祭
信心をさせて頂く者、これは何と言うても辛抱が出来なければ、よい信心は頂けないと思います。もちろんこれは信心をさせて頂く者はです、これは信心がなくても「石の上にも3年」と言った様な諺が御座います様に、これは辛抱持続という事で御座いましょう。とりわけ、信心をさせて頂く者は辛抱が大事。そこのところを、三代金光様は「信心には辛抱することが一番大切で御座います」
もう実に平凡なお言葉で御座いますけれども、「信心するものは、辛抱することが一番、一番大切で御座います」と仰る。なによりもかによりも、一番大切で御座いますと。ね。何故信心辛抱というのが大切かと申しますと、私共が耐えられない、耐えられないというような時に、いわば歯を食いしばってでも辛抱を致しますけれども、必ず、心の底から唱えさせて頂くのは「金光様」で御座います。
「金光様、金光様」と唱えながら辛抱をさせて頂くのです。ですからその辛抱をし抜かせて頂いたあとにです、必ず辛抱させて頂いてよかったという有り難い心が頂けるので御座います。ね。ですから、この辺から信心させて頂く者はということが分かりましょうが。金光様金光様というて辛抱をさせて頂くのでございます。ね、辛抱し抜かせて頂きますと、本当に、辛抱させて頂いてよかったと。
神様にお縋りさせて頂いて辛抱、ようも後から振り返って、その事を考えてみます時にです、私にもし信心がなかったら、あげな辛抱はとても出来なかっただろうと言う様な辛抱をさせて頂いておる。しかも、その辛抱の連続が私は信心だと思う。してみて、信心は大変堅苦しいことの連続の様にありますけれども、さにあらずで御座います。ね、いわゆる辛抱することが有り難うなり、楽しゅうなって来るので御座います。ね、
しかもその辛抱の暁、辛抱をさせて頂いたその後にです、ね、辛抱をさせて頂いてよかったとこう思わせて頂くその心がです、私の喜びではなくて、神様ご自身のお喜びであったという事を分からせて頂くからなので御座います。ね、辛抱をし抜かせて頂く所の、辛抱、信心辛抱の喜びというのは、あれは例えていうならば大坪総一郎だけの喜びだけではなし、天地金乃神も、ともにお喜び下さるのでございます。ね、
しかもその喜びにはです、必ずおかげが付いている。サービスして下さる。神様が(御守)して下さる。あの辛抱をし抜かせて頂いた時に、私は力を受けたのであろう、あの辛抱をし抜かせて頂いたら、こういうおかげを頂いたと言う様なおかげが伴のうてくる。人間生きていく上にはです、これは汚いもののようですけれども、絶対必要なのです。絶対、必要なところの人間。
幸せにならせて頂くために必要な所の、健康も物、金、人間関係の様々な難儀という難儀がです、それがおかげの原動力であり、おかげの正体で有ると言う事が分かって参ります。皆さん、どうぞ信心させて頂く者は、辛抱させて頂くことが一番大切であるということをです、心に明記されなければいけません。ね、ただ私が辛抱すりゃしときゃよかけんというような辛抱では、それが十年経ち五十年経ちするうちにです、その辛抱がガンのようなものになってまいります。
私ドンが若い時にゃ、こげなん時でもこげな辛抱したというて、若いものが辛抱しきれんでおったりすると、その、自分が辛抱してきたことを責め道具のようにして、若い者にそれを当たらなければならないようなことになってくる。ね。これは、一日の内にも、辛抱させて頂かなければならんことが、本当に何回とはなしに、有り難いから、金光様は言いよるけれども、苦しいから金光様、腹が立つから金光様と。
その金光様を何辺、何十回、唱え申し上げねばならないような事が、まあ日々で御座いますけれども、そうした信心生活をさせて頂きます、稽古が、だんだん出来てまいります時に、必ず節がやってまいります。これはいわゆる、大きな信仰でなからなければ、いよいよ神を杖につかなければ、辛抱が出来ないほどの、辛抱しなければならんと言う様な事が、起こってくる。ね、
けれども、それが、おかげを頂くチャンスだということが、体験によってだんだん分からせて頂くと、それがまた、大きな喜びであるという事になるわけです。昨日がその御理解でございました。今度の、ご本部参拝で奥城で椛目から50何名のものが、一勢に揃うて、奥城で総御祈念をさせて頂きました。その時にそれぞれに、神様からお知らせを受けられたり、お言葉を頂かれたりしておられます。
その中に、吉井から羽田野さんというかたが、毎日日参、今日もここにお参りになっておられます。この方が頂かれたこと、ご心眼に頂かれるんです、それにですね、あの菖蒲ね、五月の節句に使います、あの菖蒲がねずっと、この芽をだして、この位伸びている所を頂かれた。帰って見られてから、「私ご本部でこういうようなお知らせを頂いたのですよ、どげなことでしょうかね」と、私も分からなかった。
ところがその日「金光教徒」というお道の新聞が配達されました。本当に見せていただいておりましたら、「六日の菖蒲」という見出しで、ある方が書いておられることがございました。「六日の菖蒲、10日の菊」ということでございました。これはもう昔からある日本の諺だそうでございますけれども、私はそれを存じませんでした。皆さんご存知のようで御座いましたら、一つお知らせ教えて頂きたい。ね、
皆さんそんな諺ご承知でしょう。「六日の菖蒲に10日の菊」という諺があるそうです。そのことをです、その翌日の朝のご祈念に頂くんですね。私はまあ色々考えました。六日の菖蒲という事はどういう様なことだろう。菖蒲は、年のうち五月五日、五日という日だけでなければ役に立たないという、あれはものですよね。ですから六日になったらもう役には立たないということなんです。
例えば、五日に菖蒲を頂いたら、菖蒲湯でもさせて頂こう、軒にも菖蒲を挿させて頂こう、(かち幕も菖蒲にさせて頂こうという、?)私達子供の時分、そういう事をさせて頂いておりましたけれども。今でもなさる方があります。菖蒲湯というものを。けれども、なら六日にもらったからというて、それは、だれも大事には致しません。こげなものどん持ってきてからぐらいなこっちゃ。六日の菖蒲と。私は思いました。
ははあ、チャンスのことだなとこう思いました。必ず物事には時期があるという事だなと思いました。早すぎてもいけない、遅すぎてもいけないという丁度良い時期があるということだなと私は思うた。そんなことを思わせて頂きましたら。私の心眼にです、ここに、あの、博多の(せんがい)さんという大変有名な、禅のお坊さんがおられましたですね。皆さんもご承知でしょう。
あの方は大変書画を巧みにされた方なんです。その方が書き溜められた物があの、出光っあんの石油のカレンダーに毎年頂きます。カレンダーになっております。その五月のところにです、鐘馗様といいますね。五月の節句に鐘馗様髭をかけていわゆる、いかめしい格好をしておられる方です。あの鐘馗様がですね、こういうような剣を持ってです、片いっぽの手には小さい氷を捕まえてござる。
そしてその、皆にこう書いております。ね。「よか魚がとれた」と書いてある。よか魚がとれた、御神酒、お神酒じゃないですね、お坊さんですから。「酒買うてこい」と書いてある。ね、よか魚がとれた、ね、よか魚がとれた酒買うて来い。私はその、菖蒲のことからそれをヒントを頂いた。分からせて頂いた。と私共がですね、自分自身の心の中に、いわゆる、先ほど申します信心辛抱させて頂くということ。
じっと金光様金光様とおすがりしなければ辛抱が出来ない程の辛抱がです、よくよく、辛抱させて頂いて自分の心というものを、本気で見極めさせて頂きよったら、こげな浅ましい心があるんだもね、私の心の中に、こういう汚い心が。向こうが悪いと思いよったら、実は私のほうにその悪いのがあったもんねということが分かる。それが心の鬼だと私は思う。「用心せよ、心の鬼が我が身を責める」ね。
はがゆうてたまらん、情けのうてたまらん、腹が立ってたまらん、それがお互いの心の中に小さい小鬼が住んでいるからなのですよ。ですから、もう私腹が立ってたまらんというような事やら、情けのうてたまらんという事は、お道の信心でいうならばあなたは、浅ましいお方だからという事になるんです。それにただ、気がついていないだけなんです。そこを金光様金光様で辛抱し抜かせて頂きよりますと、分かるところは分からせて頂く。いよいよその小鬼達を捕まえる事ができるのです。ね。
それこそ、酒買うて来いといわんでも良い、おのずと「有り難き、勿体無き、畏れ多き」有り難い事だなあ、勿体無い事だなあ私のようなものにどうして「神様がこのような」というようなです、心の底から湧いてくる、「有り難き、勿体無き、畏れ多き」の神酒を神様が与えて下さる。その、そのお神酒の魚に、自分の心の鬼を魚にです頂かせて頂くというような信心。何か分からんけれども、自分の心の中にある。いわば、鬼を捉かまえていくということ。ね。
信心はいよいよ信じる心を強くして行く事なんです。勿論、神様を信じる力なのです。ね。初めの間は分かりません。腹がたとう、苦しいもあろうけれども、金光様金光様いうて、おすがりしなさい、毎日参っておいでお話を頂きなさい。心が開けん、金光様といいよると有り難うなってくる。ね。そのありがとう、なるほど言われた通りを実行させて頂きよったら、段々有り難うなってきた。ね。
その、有り難うなっていくという楽しみ、喜び。ね、それを私は信心の喜びだとこう思う。ね。その信心のもちろん喜びにはおかげがとものうてくる事はもちろんである。お互いが六日の菖蒲にしておるような事はないでしょうか。いつもいつも、六日の菖蒲ね、こういう素晴らしいチャンスを神様が与えておって下さるのに、こう、有り難うならせて頂くけいこをさせて下さっておるのに、徳も与えよう、力も下さろうとしておるのに、そのチャンスをいつも六日にしてしまっておる。
いつも、手遅れ。はあ、また失敗した。後味の悪さね。そげな、所を、私辛抱し抜かせてせて頂いてですね。信心辛抱とはそういう事。金光様金光様と唱えても、それが、ありがたいものがいただけんならその事を、その事を神様にお願いしようとお取次を頂いて、御理解を頂かせて頂く所にそうであった、こうではなかったという事が分からせて頂く。ね。今朝から、熊本の富永先生が昨日からおいでなられて、実は、御大祭をうっかりしておられたのですね。
それで、昨日参って参られましたところが、もうここで朝の御祈念に参って来られました。もうてんわやんわしてるわけなんですね、今日の準備の為に。それで、心の中に色々とあれやこれやと迷われた。さあ、一日泊まっていきゃあ明日の御大祭が頂ける。ところがその、富永先生の所に新しい御信者さんでです、夜16日を期して、お参りをしてくるお導きをされてくるという人があった。ね。
そこでです、私にご飯の後に「先生とげんものでしょう、先生あなたがこういう時はどうなさいますか」と。そりゃ私しならこうするけれども、私と富永先生とでは信心の程度が違う。ね。私は信心ちゃこう思うというたらもうそれは、私ならこうするけれども、その方にはいわば、本当の事にはなってこないのです。その人なりのものなのだから。そうでしょうが。小学校といわばその中学校というたら思う事が違う。
教えるのも違う。私と富永先生では、思う事も違うければ、いわば止むに止まれん発っしている物も違うんです。そこで富永先生に申し上げました。「先生どうでした?こちらをむいて明日はほんに御大祭だったと気付かれた時に、しもたと思われましたか、おかげ頂いた思われましたかと、私は申しました。」ね。しもたと、思われたのならですね、お陰になったほうがおかげですよと。
けれどもおかげを頂いた、御大祭の前日におかげを頂いた。今晩の前夜祭も続いて頂かれるというようなものがです、あなたの心の中にあったならば、もう明日の事はさっぱりもうその事は神様にお供えして、神様にお任せして御大祭を頂かれるのが本当でしょう、けれどもそれは今私が今申しました、アナタの心一つで決める事なんですよ。ね。それから、しばらく経ちましたら、先生おかげ頂きました。腹が決まりました。
その時思われたのがやはり、あの、そのしもたではなくておかげ頂いたほうが強かったんじゃないでしょうか。本日、御祭典に教師代表で玉串を上げられた方がその方なんです。ね、ここにです、信心の誰のまね、彼のまねではいけないところがございます。ね。その人なりのもの先生がその一番初めにここに御神縁を頂かれた時に、「富永先生アナタが見えられましたが私は忘れておった。
アナタが登山用具もってお出でるところを頂きましたよ」と。「頂いたのですけれども、どういう事だったのでしょうか」と。皆さん、登山用具とはどういう事か。若い人たちが例えば、熱かっても、寒かってもね、山の危険も物ともせずに、例えば富士の山なんかに登ってもですね。遭難なさる方達がある。けれども、山登りは尽きない。そんなに面白いらしい。そんなに、楽しいものらしゅう、それは登山をするものでなければ分からない。信心も山登りも同じ事。と、教祖が仰るようにです、ね、
あの熱いのにあの寒いのにあれだけの荷物を担いで、しかもあげなきつい山に登ってから、ご苦労な事であるとは思うけれども、その本人達はいわばうれしい楽しいことなのですからね、信心も同じ事なんでしょう。「それは先生あなたに修行が楽しゅうなれということだと私は思います」と私は申しました。修行が楽しいという事なのだ。修行が楽しゅうなるという所までが、私は信心辛抱だと思う。後はおかげを。ね。
私共は初めの間は本当に辛かった。朝の五時から七時間座らせて頂くということは、ね、私の両方の足が、小指大ぐらいの石のような座りだこがどちらにもいつも出来ております。ね、けれどもその座りだこが痛む事が有り難いから不思議じゃないですか、信心は。いわゆる、痛いのも忘れるほどに有り難うなるから不思議じゃないですか。ね。お参りが無けりゃ無いで有り難い、お参りがあればあるで有り難い。ね、
ところが人間生身をもっておりますからねえ、お昼下がらせて頂きますと、朝から茶も水も飲まずに座っております。そのお食事を頂いておりますと、何とはなしに両のまぶたがこうふっついてくる。どんどんとなってくる。そのかわり、私、新聞を読ませて頂く工夫を最近をさせて頂いておる。1時間あまり新聞を読ませて頂いて眠なったら必ず、こちらのお広前の火鉢のある所に出てくる事に決めておる。
私が2時から4時までまた奉仕をする。先生方が2時間づつ交代で夜御祈念までご奉仕があります。そこでその2時から4時までを私が受け持たせて頂くので御座いますけれどもね。その午後のいわば努めであり、奉仕であるそれはなんとはなしに術無かった。このまま炬燵なら炬燵に入ってからこのまま、グッスリ眠ったがよかろうと言う様な気持が強かったのが、この頃ではですねもう時間ばっかり見ろうごたる。
まだ、呼んじゃなかろうかと「まだ(久富?)先生時間じゃなかのう」ちいうてから私ここからおらぶ。2時をです、待ちかねるようにして座らせて頂く。さあその2時間の速さ速さ。ね。しるしい時には30分間でもじっと座っておる事が切ない事です。10分間でも人を待つと、待った時なんかイライラするでしょうが。そういう時です。金光様金光様。ね、修行をさせて頂くのですから。ね。2時間の間のそのいわば、楽しさだけではないその短さ。あそこで交代をするのが惜しいごたる心持ちがする。ね。
修行が有り難うなる。ね。本当に同じ苦労をです、ある人は死ぬほどに苦しいというておるけれども、ある人は涙の出るごと有り難いと言っておる。ね。信心はここのところを体得させていただくまでが信心辛抱。じっと辛抱しぬかせて頂きます時にです、三代金光様が例えば13のお年から満、ね。数え14のお年からお父様の後を受け継がれて「座っておれば楽じゃ」と親金光様が仰ったからというて、お座りになった。
けれども容易な事ではなかった。それこそ、泣く泣く辛抱しましたと仰っておられる。ね。けれども、お父様が仰ったことであるからと思うて座らせて頂いておりましたら、欲しい物がなくなりました。思う事までなくなりましたと仰っておられます。そして、有り難うて有り難うてというような、お境地がお開きになられた。ね。信心て不思議でしょう。私は信心とはいわゆる信心辛抱をしぬかせて頂いて、有り難うならせて頂く稽古する事以外にないと私は思う。ね。
どんなに高尚な事を覚えましてもです、高尚な事を知りましてもです。結論は信心でならん、ここに到達する事の為に様々な教えがあり、難しい理論があるのでございます。ね。有り難うならせて頂く稽古なんです。ね。なにか貰うた時がありがたいのではなくて、ね、貰うどころか反対にあげなくてはならない時でも有り難い。ね。どうぞ、みなさん信心はね、そこを稽古しなければいけません。
昨夜の前夜祭に、私昨日奉仕をさせて頂いておる間に、今日の、お祭りのお祝詞をかかせて頂いた。神様にどういうような事をもって祝詞の詞にさせて頂こうかと、御祈念をさせて頂きましたら、「お前がおかげを受けたことを書け」と仰った。そしたら、本当に有り難うなってきた。本当に15年前にはですね、食べるに食がなく、着るには着物がなく、先ほど、秋永先生が申しておらられたようにですね。
本当に「今ごろあんな家に住まっとる人はなかろう」というような家に住まわせて頂いて、ホット自分の事を思わせて頂いた。どうして(感)このような事になってくるのだろうかと私は思うのです。ね。それが私が誰よりも気が利いておったとか、頭良かったとか、器量がよかったというなら、なんですけれども、ね、器量はもちろんこんなによろしいですけれども(笑)頭は皆さんご承知の通り。
この頃私たった10万円ばっかりのお金を、お初穂ば整理するとに、どうしても合いませんもん。文男さんあんたちょっと来てから計算せんのち。したら18万からあった。私が10万ばっかりち思うて、何べん計算したっちゃ合わんもん。そげんこの頃私の頭は、なんか混沌としとります。けれども、こと神様のことだけになってまいりますとです、もう頭が澄みきってまいります。
これは、日頃有り難とうならせて頂く稽古をするからではなかろうかと私は思うんです。もう、他には何にもいりませんものね。これだけで。ね。「6日の菖蒲に十日の菊」私はその十日の菊という事がとうとう、まだ分からんのです。ね。けれども私は、私なりに椛目の信心なりに頂いた。10日というのは教祖の神様のお立ち日であり、金光大神祭の日にあたるのでございます。ね。
10日には御本部でもその御大祭が十日に仕えられました。ね。菊というのは椛目のシンボルのように言われておる所の、心のなかにね、菊のような花を咲き、ほころばせたい。ね。ですから、そういうところから私は感じたんですけれども。ね。私どもがそういう神様の絶好の機会を与えて下さった時にです。ね、そこを境に一段と信心を進めさせて頂いて、いよいよ、自分の心の中に菊の花のような喜びをです、頂かせて頂くおかげを蒙らなければならない。
それには必ずチャンスがある。ね。それは、今までは腹の立つような事であったり、今までは情けない事であったり、どうしてそういうような事をいわっしゃるじゃろうかというような時が、そのチャンスであるという事をです、一つ今日は覚えて帰って頂きたいと私は思う。私がおかげを受けた事を書けと仰るが、私がおかげを受けたことはみんなその事だったからなのでごさいです。ね。誰がなんというてもです、ね、
ただそれを有り難い有り難いでうけてまいりました。この方の道は有り難いで開けた道だから、喜びで開けた道だから、喜びでは苦労はさせんと仰る、その事を私はこの15年間の間に実証させて頂きましたね。その事のなかにですね。これは勿論天地の親神様への御礼をこうした形で表すわけでございますけれどもね、問題は私自身が、より以上にありがたくならせて頂き、助からせて頂くという事以外にはないということである。「どうぞ、神様私により力を与えて下さい、より大きな光を与えて下さい。
より有り難い私にならせてください。そのためにはね、心身ともにどういうようなご修行でも、有り難うさせて頂く。」もうその修行が有り難うなっておるから大きな事が言える。ね。「そして、私を世の中に難儀な問題、難儀をしておられるたくさんな難儀な氏子が取次助けられてまいります、道しるべとも、柱とも、その人達の為の光ともならせて頂くようなおかげをいよいよ、頂きたい」という事を神様に、私はお願いいたしております。話の続きでございまして、そういう事が出てきたもんですから。
これは、椛目的な頂き方。夕べの前夜祭に私は今日奏上させて頂くところの、いわゆる奏上文です。お祝詞を夕べの方達に聞いて頂いた。今日は、もうただ私有り難い、あそこに平伏せばそれでいいんだと、神様はそれを喜んでくださるんだと私は確信させて頂いた。ね。皆さんもご承知のように、そこが6畳と3畳であった。その時にもう一杯であった。ね。15畳なら15畳になったで一杯であった。
30畳になれば30畳になったで一杯であった。ね。40畳になれば40畳になったでこのように一杯である。いつも御大祭が皆さんが15年前から思うて見たとき、いつも一杯だったでしょうが。ね。私は先日ある方に、ある方というか、久富先生の二番目の息子さんが、今度食堂を経営いたします。それで、「もう、お父さん、親先生からその食堂の名前ば頂いてきてくれんね」という。
私その事をお願いさせて頂きましたら、「一升徳利」を頂いた。一升というたら私共の一生という事だ。ね、幸せになるためにはこの徳がいるんだと。それにしか、それに伴なうところの利である、徳の利と書いてある。ね。これはその事であろうと。この徳利に有り難き勿体無きをです、入れさせて頂く為に信心辛抱をせにゃいかん。望さんと申しますが、「望さんまあだあなた達が儲け出すにはまだ早すぎる。
今こそ信心の基礎をしっかりと作らせて頂く時である、それはなるほど商売をさせて頂くならば、安う仕入れて安う売って。」ね、アイデアが良かったら今ごろはどこの店でも絶対繁盛をする。そうでしょう。それが商売のコツなんです。十銭のものを十一銭で売ろうとするところに繁昌をしない元があるのです。ね、よそが十銭ならどうでも一銭安うしなさい、ね、けれどもです。
それなら、信心がなくても繁昌の道はあるんだけれどもです、それで、繁昌をしたのでは、「望さん私は、幸せになれないよと」と私は申しました。ね。「あんただん子供の時分から参ってきておってから、子が段々大きくなるに従ってきてからです、ね。その大きくなった時には大きくなっただけの、人が集まってこうが。」この部屋が立派になったら立派になっただけ、ここには、立派な人たち、立派な人ちいうたらおかしいですけれどもですね、秋永先生がいわれます。
私共の十何年前の信者とです、今ごろ椛目にご縁を頂かれた方はもう大分違う。垢抜けしてござる。信心も分かりがはやい早い。というのはそれだけ椛目の信心が垢抜けしてきた事だと私は思うのです。ね。「そういうおかげを頂かなきゃあいけんよと。あんたんところの店が広なる広なったばってん、お客さんが同しこっちゃいくめえが。」ね、立派になったら立派になった客席が変わるくらいな、広なったらそれだけいっぱいのお客様をお集め頂くようなおかげを頂く為にも、なんと言うても徳が徳を頂く為にもまずは基礎を大事にしなければいけないぞと。
その基礎を私しは今日は、信心辛抱という事をもって申しました。三代金光様はその事をです、ね、信心、信心には辛抱をする事が一番大切で御座いますとおっしゃる事はです。信心をさせて頂いておかげを頂くという事は、信心辛抱というその事が基礎ともなって打ち立てられる所のおかげでなからなければいけないという事を、教えておられるとまあそういう事を、今日はまあ皆さんに聞いて頂きました。
まあ、挨拶代わりにお疲れのところを聞いていただいた訳で御座いますけれども、本当に折角椛目にご縁を頂かれるならばです、私はその事に一生懸命ね、先ほど、秋永先生も申しておられましたように、これは昨夜、思いがけないある所からお供えを頂きました。実に見事なその絵が裏表に書いてございます。私は寅年で御座いますから、神様は私を寅年寅年と言って下さった時代があった。ね。
しかもその寅がです、もうそれこそ跳躍しておるんです飛んでおる、その一瞬を描いた寅なんです。私は今年はどうでも跳躍しなければいけない。今まで辛抱に辛抱しておって屈んでおった寅がです。いわば何ものかを見つけてです、それに向かって飛んでおる勢いが必要であるということ。これは大変そうそれどころでは御座いません。皆さんも同じような事がいえるという事はです、どうでもこうでもね日本一偉い人になるという事は難しゅうても、日本一有り難い私にならせて頂くと言うことは、どんなに私のように頭の弱い人間にでも、思える事でございます。
そしてこの調子でいけば私は有難うなれれるなあと自分で確信を持ちます。ね。私はこの日本一の富士の山を私の信心の理想とさせて頂いておる。皆さんご承知のように。見事な富士の山が描かれております。裏にはただ今申します様に、その寅が跳躍しておるその姿がですね。私に求め給もうお前が求めておるものを本当に愈々発するならばです、ね、その、お前がこっけ寅んごとして、じっとしとったんじゃいかんぞと。ね、
元気ださないかんぞと、跳躍しなければ。飛び上がるような勢いを頂かなければいけないぞと、神様はこういう事から私に案じを与えておって下さるような気がするのです。ね。ですから皆さんもそこに一つ右へならえ、右へならへじゃない、左にならへ。椛目の場合。ね、私が左巻きじゃけん、皆さんも左巻きに。昨日私、ご準備がありよる時、ちょっと下に下りてきましたら、こっち向き右向きに巻いちゃるともあれば、左向きに巻いちゃるともあるもん。
「これは、あんた、おかしかじゃんの、これは椛目はあなた左向きにせじゃこて」ち。左巻きがとにかく椛目は左巻きになる稽古なんだ。馬鹿と阿呆で道を開けと仰るのだ、だから、こりゃ、高柴さん、左巻きに巻き直しなさいち、そげなことじゃいかんもん、右巻きでんよかち。右巻きと思うて巻いたら、やっぱり、左巻きじゃったち(笑)やっぱり神様はそこを求めておられるようです。ね。
私はそれでいいです、あれはばかじゃなかろうかと言われても、心の中に有り難いなあと言えれる、思えれるね生涯である。その有り難いがです、あの世にも持っていける事にもなり、この世にも残しておけ事にもなるのですから、いよいよ信心とは有り難いでしょう。「信心をするものは、辛抱をすることが、一番大切で御座います」と金光様は教えておられます。おかげを頂いてありがとうございました。